(間章)――――――――――――――――――――――――――――――――――――
彼らは知らない。自分がこの世界にとってあらざる存在であることを。
僕らは気付かない。この世界が混沌に満ちていることに―――
第一章「混沌開始っ!!」
このタイトルを見て、とあるPCゲームを一瞬思い浮かべてしまったあなたは、なかなかにディープに違いない。きっとこの先のストーリーもついていけることだろう。
それはさておき、本来のタイトルは、
第一章「開闢<かいびゃく>」
過ぎゆく街並みを横目に京はいそいそと自転車をこいでいく。
行き交う人や車はまばらだった。目に映る人々の大概は学生か地元役所の人間である。あとはみんな都内へとわざわざ満員電車にもまれることに憂鬱を覚えながら仕事にでかけたといったところだろう。
さて、何はともあれ人口密度の薄いこの時間帯。
京はそのことに甘え、国道の中央を自転車で闊歩していく。
夢殿市―――。ベットタウンとして発達したこの街の名前であった。夢殿市は、ほんの十数年まえまで、都内や周辺への交通機関が発達していなかったために、地方の田舎町同然であった。(ちなみにこのときはまだ夢殿町であった。)
―――しかし今から十年前、謎の大火災が冬木市を襲った。多くの冬木の住民が巻き込まれ、甚大なる被害を及ぼした。
だがそのなかで、辛くも奇跡的に難を逃れたものたちがこの夢殿市に流れ込んで来たのである。
「人が集まるところは栄える」
その言葉どおり、夢殿町は急激な人口増加にともない、ここ数年でめざましいほどの発展ぶりを見せた。さらに徐徐に住みやすい街並みとなるにつれ、周辺の住民も夢殿町に越してくるものも少なくはなかった。
やがて人口は30万以上に膨らみ、「夢殿市」と改名され、そして現在では、夢殿市はベットタウンの代表格と言われるまでに成長したのである。
でもそんな街に住んでいるからとはいえ、夏という自然現象をどうこうできるというわけでもなく、
「暑いな」
と京は至極普通な感想を述べる。まあ、アスファルトのど真ん中に立っているのだから当然だ。
アルファルトが陽光を熱反射し、京を石風呂のごとく熱しているのだから。
全身に脂汗が浮かぶ。額から滴る汗が白いYシャツに落ち、シミをつくる。
「へへっ」
京は不気味に笑う。
――――あついぜ・・・
わざわざ身のこがれる思いまでして彼いったい何を会得したいのか。
そしていったい彼はどこまでMを貫くのか。
彼の気持ちを代弁できるものはいない。あえて言うなら、京が抱いていたこの気持ちは小学校の国語で習ったかまきりりゅうじの詩が最も近いかもしれない。
おお、あついぜ
おれはかまきりだぜ
ってね。まあぶちゃけた話、かまきり並のバカなのねってことだが。
京はアツサニマケズ自転車をこいでいると、セミの鳴き声がどこからともなく聞こえてきた。そよぐ風とそれに合わせて、ザザザという葉と葉のきしめく音が鼓膜をくすぐる。
学校への近道である商店街を突っ切る。原則的に自転車に乗車してままの通行は禁止なのだが、商店街の組合員たちは開店準備で忙しくてそんなことを気にしているものはいない。実を言うところ、ここは学生の通学路としての暗黙の了解がすでにできているというのが一番の理由であったが。
商店街を抜け、十字の交通路にでる。京は信号が赤になっているのを見るなり、ブレーキをかけ、自転車を止める。別に車は来ていなかったのだが、ランドセルを背負った小学生の一団と旗を持って交通整理しているPTAの面々がいるなか信号無視はできない。
―――でも一度やってみたい。PTAの方々の冷たい視線がグサリグサリと。チクチクチクチクと。僕の心をつんざくのだ。きっと気持ちいいに違いない・・・
・・・すみません冗談です。たぶん。
京は向かいに無駄に高く聳え立っているこげ茶色の市役所を見上げ、静かに信号が青になるのを待つ。
―――ああ、今日は暑い・・・
傍目に映る小学生たちの喧騒を見るなり、京は漠然と元気だなぁと感じる。
蜃気楼のごとく気持ちがまどろむ。ふと、懐かしい記憶が脳裏をよぎる。
あれは、なんだったけか・・・
京は束の間、もの思いにふける。
―――ああそうだ。
あれは俺が高校に入ってまもないころ、いまだ桜の花びらの舞い散る桜並木の道でのできごと―――
俺は、一人の少女に出会った。
いや、出会ったというには語弊があるかもしれない。そう、一方的に見ていたというのが正しいだろう。彼女とすれ違う人々はみな、例外なく彼女のことを奇異の目で見ていた。
もちろん、俺もその一人・・・だった。はじめは。
彼女はささやくようで、かと言って強く自分に言い聞かせるようにこうつぶやいた。
「アンパン!」って。
(・・・・何言ってるんだこの人。)
と、俺は思った。
(だいたいなんでアンパンなんだ?朝は食パンだろ!?つうか朝からアンパンなんて食ったら腹がボコボコ鳴って、屁がとまらなくなるぞ!?この子、女の子なのにそんなこともわからないのか!?ああさてはどっかの金持ち令嬢だな?きっと屁負比丘尼でも雇ってるんだろう。だからこんな朝からアンパンなんて調子こいたこと言ってやがるんだ。ふん、でも俺は知っているからな。あんたが屁こき虫だと言うことを!)
と、さらに俺は思った。
きっと彼女の少し後ろで彼女の様子をうかがっている俺より端正な顔立ちのイケメンな、いやどっこいどっこいか?なる男子生徒もそう思っただろう。たぶん。
―――でも、どうやら違ったようだ。
彼女は顔をうつむき加減にして、たおやかに口火を切る。
「この学校は好きですか?わたしはとってもとっても好きです。でも、何もかも変わらずにはいられないです。」
「・・・・・」俺ともう一人の男子学生は静かに彼女を見つめている。
ちなみに俺はこのとき、幸せなこと考えてるなぁこの子、と思ったものだ。男子学生のほうはこのとき何を思ったかはさすがにわからなかったが、俺なんかよりもずっと彼女の言葉を真摯に受けとめ、汲みとろうとしているようだった。
(こいつもまた、幸せなやつだな。)
俺は、二人が似ていると思った。
たとえ、今まで生きてきた環境は違ったとしても、
それぞれが感じてきた思いはきっと類似しているのだ。
彼女はついと表をあげるなり、さらに言葉を続けた。
「楽しいこととか、うれしいこととか全部・・・全部変わらずにはいられないです。それでも、この場所が好きでいられますか?」
そう言って彼女は言葉を切った。
・・・なんだろうこの感じ。なんで俺は、
―――目の前にうつる彼女の言葉に違和感を感じるのだろう・・・
なぜ・・・?なんだ?なんなんだ?
腑に落ちない。まるで胃に鉛が流しこまれたかのように重い感覚にとらわれる。
そこにいて、そこにはいない。
そこにあって、そこにはない。
京が煮え切らない気持ちにさいなまれているなか、彼女の少し後ろにいた男子学生は、にごりない澄んだ声でこう言った。
おそらく、彼女に対して。
「見つければいいだろ」
彼女は振り向く。まるでその男子学生の、彼の存在をはじめて認識したかのごとく。
京には彼らの光景が、孤独のセピアに染まっていたはずの彼らをとりまく世界が、一挙に色どり、本来の姿へと形を変えていくように思えた。
二人の間を風が吹き抜ける。舞い散る桜の花びら。
「次の楽しいこととか、うれしいこととか見つければいいだろ」
・・・ああ、そうか。この感覚。この感じ。
―――疎外感だ。
でも彼らに対してではない。この世界に対しての疎外感だ。
でもなぜだ?なぜ自分がこの世界にいることに違和感を感じる?
―――ありえるのか?そんなこと?
・・・そういえば、前にも同じ感覚に陥ったような―――
突然、とんとんと肩をたたかれ、京は追憶の世界から脱する。
京は横を向く。PTAの役員の人がそこにいた。
「あの、信号青に変わりましたよ」
すでに小学生の子どもたちはみな、向かい側にわたっていた。残るは京だけ。
京はすみませんと軽くお礼を言って信号を渡る。
市役所のわきを抜けたところで、京をは左手首に装着している銀色の腕時計を見る。
前にシスカからもらったやつだ。ずいぶんと古びていたが、京は気にいっている。
(ああ、まだ時間があるな)
ゆっくりいこう―――
(間章)――――――――――――――――――――――――――――――――――――
黒き影は静かに時を待っていた。
太陽が眠るとき、そして、月光に闇が灯るとき―――すなわち新月の夜を。
黒き影は誰よりも人目を恐れた。ゆえに黒き影は音を消し、気配を殺し、自然と限りなく肉薄する。
黒き影は誰よりも失敗を恐れた。ゆえに“彼の者”のすべてを調べ上げ、その背を常に追い続けた。
―――しかし黒き影はひとつだけ、ただひとつだけ見落としていることがあった。
この世界は例外と予想外でつながれた、必然なる運命で回っていることに―――
白き影は静かに時を待っていた。
すべてが始動するとき―――すなわち“彼の者”が目覚める瞬間を。
白き影はすべてのものに恐れられた。その容貌とは裏腹に持つ強大な力を持って。
白き影はすべてのものに敬われた。あらゆる災いと困難を乗り越える心の芯の強さを持って。
―――しかしそんな白き影でもひとつだけ、たったひとつだけ弱さがあった。
何よりも“彼の者”がつくるハンバーグには空腹を耐えられずにはいられなかったのだ―――
市役所のわきをぬけてそのままずっとまっすぐ行くと、軒先の並ぶ住宅街が見えてくる。
まだ早い時間帯だからか、同じ高校の生徒の姿は見当たらなかった。
ちょうどいい―――この静かな住宅街で一人、孤独感を味わいながら・・・なんてこと考えていると、背後からオートバイのエンジン音が聞こえた。
京が肩ごしにちらりと背後を一瞥する。赤いオートバイが京の十数メートル後ろを走っていた。おそらくこの住宅街を通るのだろう。
道の中央を走っていた京は、
(たぁいむ いず あろーん♪)
なんて言葉を頭に浮かべつつも、ゆったりと自転車を道の脇によせる。
変態というのはどうやら理性ははっちゃけていても、自己の危機管理能力は働いているらしい。
とはいえ、事故というものは時としてそれらを通り越して起きることもあるわけで―――
「ちょ、え!どいてどいてぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
真後ろから女の人の甲高い声が聞こえて、京がまぬけ面をかぶったまま、
「へっ?」
後ろを振り向くと、先ほどの赤いオートバイがすぐ目の前に、眼前にせまっていた。
それ以上に恐ろしい形相でせまる女の人の顔を見て、京は慄然とし、あっけにとられて・・・
ガシャンゴロンガタングギン―――――
ゴンッ
はじめ人間ゴンばりに鈍くそれでいて腹に響くような大きな頭蓋音があたりに短くこだまする。
そして沈黙。おそらく本日3度目だと思う。
・・・・神原京は気絶していた。
なぜとばしたし。
と感じる人がいるかもしれないが、京が目を覚ますまでの間、今はとりあえずシスカのほうに話の視点を移すことにしよう。
シスカはそれなりに冷たいオレンジジュースを飲みながら15分の連続小説ドラマを見ていた。
二度と同じ轍を踏むものか。
(さて、これ見終わったら京の部屋でも探索しますかね・・・)
今日の暇つぶし案を練っていると、テーブルの上に置いてあった彼女の赤い携帯が突如音楽をかき鳴らす。
シスカは携帯のパッチを開いて電話相手を確かめる。
「・・・この番号は・・・」
そこには電話相手の氏名が表示されていなかった。だが、その番号にはシスカは見覚えがあった。
しかし―――
(“あいつ”は魔術協会に封印指定を受けて以来、消息をたったままのはず・・・)
「なぜ、いまさら・・・?」
そう思いつつも、シスカは通話ボタンを押す。
ガガ、ガガガガガガガッ
耳鳴りのするような不快なノイズ音が走る。
「えっ?」
「――――ガガッ・・・聞こえているか?いや、この際聞こえていようといまいと関係ない。緊急の用件だ、心して聞け。ガガッ・・界に覡 零火(かむなぎ れいか)が顕れた・・・ガガガガガガガッ――――がやられた・・・いや、とりこまれたというべきか・・・
ともかガガガガッ――――つはガガガッ―――をねらっている。ガガガガガガガガ―――
協会も感づいたガガガッ―――管理局もだガガッ―――たしはガガガッ―――追われ――――それガガガッ――――送っといたガガガガ――――」
ガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
激しいノイズ音。
プツン。ツーッツーッツーッ
電話の切れた音が沈黙のなか、シスカの耳に届く。
シスカはリダイヤルボタンを押す。
おかけになった電話番号は――――
当然わかっていた。だって、電話先の相手は、
――――この世界の人間ではないのだから。
かくして、送りものはシスカの目の前にあった。さぞやもとからそこにあったのように。
送りものは四隅の角ばりが鉄で覆われており、茶色くくすんだいわゆる「トランクケース」であった。「トランクケース」がテーブルの上に、シスカの目と鼻の先にどっかり置いてあったのだ。
もちろん、シスカが持ってきたのではない。それは、“突然あらわれた”。
ほんの一回のまばたきの間に。
・・・時空間転移?そんなことが可能なのか?
―――明らかに魔法の領域だ。
(おそらく可能だわ)
シスカは心のなかで自問自答する。
そう、ここは―――
「世界の挟間」なのだから―――
シスカは先ほどの電話相手の話を頭のなかで反芻させる。
――――送っといた
残念ながら――――の部分はノイズでかき消され、聞きとることができなかった。
だがそんなことは粗末事。すぐ目の前に――――の正体が「トランクケース」に入っているのだから。それと協会とは十中八九、魔術協会のことだろう。
彼女は封印指定の魔術師。それに追われているのはわかるとして―――
「―――管理局?」
(なんだ、管理局って?)
別の異世界の人間がこの世界に干渉してきているのか?そしてあいつは―――「トウコ」はそれにも追われているのか?
シスカは頭の中で一度疑問を並べてから、それらを払拭する。不確定要素についていつまでも考えたところで仕方ない。すでに事は動きだしているのだから。
シスカは慇懃にトランクケースをパカリと開ける。
真っ先に目の前に飛び込んできたのは意外なものだった。ある意味ではシスカの予想のはるか斜め上を行っていると言えた。それは、緩衝材の入った型板にきれいに収納されていた。
「なにこれ?いや何かはわかるけど・・・」
―――ねぇ「トウコ」まさかとは思うけど送りもの間違えたんじゃないでしょうね・・・
いや、わかっている「トウコ」がそんなヘマをするような人間じゃない。
いやだとしても、いくら何でも、
なんの変哲もない、“ただの拳銃”一丁はないでしょう・・・
とりあえず、京を襲ったハプニングをもう一度再生してみることにしよう。
不意のオートバイの追突をよけきれず、見事にクラッシュした京はその勢いあまって、身体が虚空へと投げ出される。
決して大きいとも小さいとも言えない京の身体の向かった先は、不動にして閑静の象徴にして、たちしょんと飲みすぎた時用のゲボ口のプレース「電柱」であった。
そして、ギャクマンガよろしくばかりに、その電柱に頭をぶつけるという典型的オチを決めたのだった。
(いたいいたいたたかないで、ふみつけないで、あっ、ちょ、どこさわってるのよ、だめそこは、まだはやいってば、もったいぶってわたしをもっとなじって、もっとはずかしめて・・・!)
「ああんっ!!」
「うわぁっ!!」
・・・・・沈黙。本日4度目。
なんでこんな爽快な気持ちになっているんだろう?と暗闇のなかで疑問に思いつつも、京はおもむろに目を開ける。
(何も思い出せないや・・・)
網膜に急に差し込んできた陽光に目を細めながらも、そこに尻もちをついて、瞠目した瞳をこちらに向けたまま、顔を真っ赤にして口をあうあうさせている少女が京の瞳にうつる。少女の背中の中まで伸びている髪を見つめるなり、ああツインテールできるなぁと京は感慨深げに思った。
「あの・・・」
京は眼前で硬直している少女に話しかける。よく見るとけっこうかわいかった。
キリっとしたアメジスト色の瞳。くせのないさらさらの長い髪にレースのワンポイント髪飾りが印象的にうつる。しかも出てるとこ出てて、しまるとこしまっているナイスバディだった。
少女はなぜか、狼狽していた。京がもう一度声をかけようとすると、いきなり少女はスッと立ち上がった。少女の影が京のもとに落ちる。京は少女の顔を見上げるが、そのとき少女の表情は逆光でよく見えなかった。ただ妙に頬があからんでいるのだけはわかった。
少女が京の鼻先を指差す。京は思わず少女の指先を見入ってしまう。細くてきれいな指だった。
「ああああ、あたしはなにもしてないわよっ!!あたっあたしはぁ(声が裏返る)!!その、あんたを起こそうとしただけでぇっ!!そそそそそそのなによ、そうよ勝手に、あんたが勝手にねっ!勝手に、勝手にぃっ!!」
突然、少女がわけのわからんことをまくしたてるので、京は困惑してしまう。
少女は言葉を切ったあと、胸をおさえてはぁはぁ息をしていた。額には汗を浮かんでいる。
(なんか、エロいなぁ)
一瞬、京は思ってしまった。まぁあれだ、とりあえず状況がつかめない。なにがなんだかさっぱりだ。
「何をそんなに恥ずかしがっているんですか?」
聞いてみた。とりあえず。
すると、少女は沸騰するやかんのごとく、一瞬にしてボンッと顔を上気させる。しまいには頭から湯気がたゆたっていた。少女は全身をわなわな震わせていた。
「?」
と京が頭から疑問符を出したころにはすでに時遅しであった。少女はそばに置いてあった学生かばんを手にとるなり、京の脳天へとふりかぶる。
「ええっ!?」
京は真剣白刃取りを試みるが見事にスカした。カバンのかどがちょうど京が電柱にぶつかったときにできたこぶのところにあたる。
脳天から全身に向けて電撃がほとばしる!
激痛のあまり、言葉もでない。京は頭のたんこぶをおさえてその場で悶絶する。
京が苦痛にうめいているなか、少女はためらいもなく追撃をかける。
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
バシッバシッバシッ
いたいいたいいたい
「だまれだまれだまれぇぇぇっ!!」
バシッバシッゴスッ
いたいいたいはゆぅっ!?
「くのっくのっくのっ!!」
えっ?あの、ちょ、なんで僕の股間蹴るんですか!?
「あぁっ!!もうこんな時間っ!!」
バカッ!!
少女はバカッという威勢の掛け声とともに先ほどよりも勢いよく学生かばんをふりかぶる。
ブウンッ。風を切る音。すなわち気合いの入った魂の一撃。
と同時にそれはとどめの必殺でもあった。
あはんっ!!
昇天した京を一瞥もくれることもせずに少女はきびすをかえす。
死者に口なし。
あとに残るのは、オートバイの駆動音だけであった。
神原京。一限目遅刻。ちなみに英語の授業であった。
通学途中で自転車が壊れて遅刻した(バイクと事故ったことは恥ずかしかったので言わなかった)と英語教員の苗字「高山」とかいうおっさんに言ってみたところ、
「予習と宿題はやってきたのか?」
と高山のおっさんが聞いてきたので、
「両方やってません」
と答えたら、授業終わるまで廊下に立ってなさいと言われた。
なんとなく理不尽に思いながらも予習はおろか宿題もやってなかったのは確かなので、京はしぶしぶ廊下に足を向けた。とぼとぼ廊下へ向かう間、クラスメイトのクスクスと笑う声が京の背中に響く。チクチクチクチク京の背中をクスクス笑いがつついていく。
背筋にゾクリと快感が走る。ドクンドクンと少しばかり心音が高まる。
―――ああ、なんて気持ちいいんだ。
アレが一度、ゴクリとのどをならす。
クラスメイトたちは運よく(?)誰も彼の表情の変貌に気付くことはなかった。
その、快楽に満ちた変態の表情に。
廊下に立ってから数分後、快楽はなりをひそめて憂鬱が京の心をむしばんでいった。
暗い気分になると、嫌なことを思い出すものだ。京は今、メランコリーの海に呑まれながら今朝のオートバイの女の子ことを思い出していた。
気の強そうな瞳、つやつやでツインテールでできるほど長い髪。そして、ボン、キュ、ボ〜ン。
・・・タイプだった。ガチストライクゾーン。
(あれ?よく考えてみたらうちの高校の制服を着ていたような・・・)
いかんいかんと京は首をふる。
(脳内変換で勝手にフラグを立てようなんて、ギャルゲーのやりすぎだぞ俺。自重せねば。
え?でもそしたら、女の子が俺のタイプだったのも実は俺が勝手に脳内変換としたからなのか!?いやだ、そんなわけないそんなことありえない!いや、冷静になれ、ありえないとは言い切れない。なぜなら・・・)
「男はリビトーの塊だからっっ!!」
京は胸の前に握り拳を掲げて高らかに叫んだ。
そのとき、授業のチャイムが鳴る。クラスメイトたちはおい、神原がなんか叫んでるぞとささやきあっていたが、「暑さにやられたのよ」とか「若さだよ、若さ」とか「愛それは愛」とか「大切なものを盗まれてしまったんだよ」とか「嫌なことも思い出は億千万」とか、皆それぞれ寛容に受けとめて、その叫びに対する疑念はスルーしていた。
根本的な問題が解決されないまま、気分がすっきりしたところで京はふぅと一息ついて、教室に戻ろうとすると、職員室の帰りしなであった高山のおっさんに呼び出されて、
「そんなに叫びたいのなら、次の授業、全部君をあててあげるから思う存分大きな声で発表するといい。」
と言われ、京は早くも五月病にかかるまえに再び憂鬱にむしばまれることとなった。
窓際3番目の席。神原京の席である。ギラリ窓越しに届く夏の陽光がまぶしい。
「はぁ〜」
京は自分の席で突っ伏していた。
「朝から憂鬱だぁ・・・」
「おい神原。」
長身・怜悧な瞳、赤みがかった髪をワックスで逆立てた、京とは違ったタイプの好青年である間崎凰臥<まざき おうが>は、京にもとに来るなり話かける。
「なに?」
京は気だるげに返事をする。
「次、体育だぞ。しかも、スポーツテストだ。」
「・・・ああ、わかってるよ・・・」
で、2限目「体育」の授業。
とその前に、股間がなんか冷たいというかなんというかむずむずするので、京はトイレに行って一物をちょっと見てみたら・・・
「・・・・なぜだ、だって昨日の夜(以下略)」
・・・あえて言おう、彼はいたって健全な男子高校生である。